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「生きるのが面倒くさい」「イザという時逃げ出す」ベートーヴェン、森鴎外、井上靖…誰もが知る成功者たちにある“回避性傾向”

source : 提携メディア

genre : ライフ, 社会, 歴史

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結局、エリスを説き伏せて、ドイツに帰らせたのは、鴎外自身ではなく、彼に泣きつかれた親戚や家族で、鴎外はエリスとろくに会いもせずに、逃げまわっただけであった。

そんな不甲斐ない現実とは違い、エリスとの恋愛事件が描かれた『舞姫』では、彼の愛を失ったエリスは絶望し、精神に異常をきたしたことになっている。

現実では、自らの本音を言うことを禁じられていた鴎外にとって、小説という形で表現することは、彼の逃げ場所となっていたのだろう。

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実際に、作家や詩人には回避性の傾向をもった人が少なくない。現実の中で自分のやりたいことをやすやすと行うことができるのならば、わざわざフィクションという方法で、表現する必要もない。

成熟への拒否という回避性の特徴

社会人となり自立することへの恐れや、パートナーと愛し合い、子どもをもつといった責任に縛られることへの不安といった回避性の特徴は、別の見方をすると、一人前の大人として成熟することへの拒否という面をもつと解することもできる。

まだ自分が自立した存在として自信をもてないとき、成熟した大人として責任を担い、社会に出ることも、結婚し子どもをもつことも大きな負担と感じられる。社会に出て、他人と渡り合いながら生活していくことも、扶養家族をもち、子どもを育てることも、大人として成熟して初めて、負担というよりも喜びに変わるのである。

ところが、まだ幼い子どもの頃から、期待や責任ばかりを強調され、押し付けられて育つと、それが重荷になってしまい、大人になることに喜びや希望を感じられない。ちょうど、結婚する相手を幼い頃から決められてしまっているように、大人になることは、喜びが成就するというよりも、幸福な日々が終わりを告げるように感じられる。

大人になることを拒否することは、子どもの頃から大人のように遊ばせてもらえず、やりたくもないことを強いられ続けた子どもの、最後の抗議なのかもしれない。

岡田 尊司(おかだ・たかし)
精神科医・作家
1960年、香川県生まれ。京都大学医学部卒。岡田クリニック院長、日本心理教育センター顧問。『あなたの中の異常心理』(幻冬舎新書)、『母という病』(ポプラ社)、『愛着障害』『回避性愛着障害』(光文社新書)、『人間アレルギー』(新潮文庫)など著書多数。小笠原慧のペンネームで小説家としても活動し、『あなたの人生、逆転させます』(新潮社)などの作品がある。
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